妻に面接会場まで送ってもらった

20年前の夏。

気がつけば会社が倒産して2か月が経っていた。

私は面接会場に向かっていた。

この土地に来てまだ2か月。

毎日近所の散歩道しか歩いていなかった私は、土地勘が全くなかった。

今でこそ車の運転は私の方が安心できると思っているが、当時は妻の方がその土地をよく知っていた。

乗っていたのは、義母が乗っていた白いライフだったと思う。

エアコンの効いた車内で、見知らぬ景色だけが窓の外を流れていく。

緊張していたのか。

何も考えていなかったのか。

景色しか覚えていない。


面接の日。

50メートルほど離れたファミリーマートで降ろしてもらうのが決まりだった。

何を話したのだろう。

よく覚えていない。

ただ、いつも妻が

「頑張ってね」

と言ってくれていたことだけは覚えている。

今思えば、妻のお腹には娘がいた。

そんな状態で、よく送り迎えをしてくれていたと思う。


当時の本社は古かった。

今では立派な建物になっているが、昔はよくある古びた建物だった。

担当してくれた人も。

最終面接の役員も。

今でも顔を覚えている。

不思議なもので、人生を変えるような場面は記憶から消えない。

エアコンの効いた会議室。

筆記試験。

緊張した面接。

精一杯やった。

そして帰る。

すると、またコンビニに妻が迎えに来てくれていた。

まだ暑さの残る9月だった。


私が一番覚えているのは、コンビニから面接会場まで歩く道だ。

古い駐車場を抜けて、小道に入る。

住宅街の中に本社があった。

着慣れない安物のスーツ。

数千円の靴。

薄っぺらいシャツ。

センスのないネクタイ。

今振り返ると、よくあれで受かったなと思う。

笑ってしまう。


入社して18年ほど経った頃だった。

後輩が当時の入社記録を見せてくれた。

写真もコメントも残っていた。

ぼさぼさの髪。

いかにも頼りない営業マンだった笑

コメントには、

「生まれてくる家族のためにも、一日も早く戦力になれるよう頑張ります」

と書いてあった。

ありきたりな言葉だった。

でも、それが当時の本音だった。


あれから20年。

少しはまともなスーツを着るようになった。

靴も。

髪型も。

車に乗ることも少なくなり、今は電車通勤になった。

それでも、あの時のことは忘れない。

夏のもやっとした空気。

一生懸命風を送る軽四のエアコン。

流れる見知らぬ景色。

そして、その横には妻がいた。

今思えば、あの夏。

一番不安だったのは、私ではなく妻だったのかもしれない。

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