家族の写真を綺麗に残したかった。
それが、私が一眼レフと出会って感じたことだった。
実は最初にカメラを始めた理由は家族ではなかった。
会社の同期と何か面白いことをしたい。
そんな軽い気持ちだった。
たまたま同期の弟がカメラをしていて、写真を見せてもらった。
私自身も興味が湧いたし、同期はすでにカメラを持っていた。
始めるハードルは低かった。
それに当時、妻はモデルの仕事もしていたので、カメラを向けることへの抵抗も少なかった。
初めて買った一眼レフは今でも覚えている。
Nikon D5100のダブルズームキットだった。
めちゃくちゃ楽しかった。
さらにハマって、F1.8の単焦点レンズを買った。
世界が変わった。
当時のスマホやコンパクトカメラとは次元が違った。
感動した。
完全に沼にハマった。
私は家族を撮るようになった。
今でも素人だが、当時は本当のど素人だった。
妻は被写体になってくれた。
撮られ慣れていた。
今思えば、当時の自分は写真が上手いと思っていた。
でも20年経った今なら分かる。
あれは私の腕ではない。
彼女のモデルとしての撮られ方が上手かったのだ笑
私はまだそんなことにも気づいていなかった。
娘も撮った。
単焦点レンズで背景をぼかして喜んでいた。
それが綺麗な写真だと思っていた。
素人だった笑
でも間違いなく、当時の私が持っていた道具の中で、一番綺麗に家族の形を残せるものだった。
家族アルバムを作った。
それまでやったこともないのに、妻が撮ってくれていた過去の写真も含めて整理した。
そして気づくことになる。
写真の綺麗さがあまりにも違った。
娘が幼稚園の頃だったと思う。
赤ちゃんの頃の写真は、妻が撮ったものばかりだった。
そしてアルバムを並べると、ある時期を境に写真がはっきり変わっていた。
本気で思った。
もっと早く気づいてやればよかったと。
それから私は本気で家族の写真を撮り始めた。
旅行。
運動会。
発表会。
何気ない休日。
とにかく撮った。
一回の旅行で300枚から500枚。
日帰りでも100枚くらい。
実際に使える写真は10枚もないけれど笑
それでもよかった。
家族の時間を形として残したかった。
フルサイズへの憧れから、Nikon D600を買った。
24-70mm F2.8も買った。
今では骨董品と言われるかもしれない。
それでも、未だに現役だ笑
そろそろミラーレスに移行したいと思いながらも、先立つものがない笑
それでもD600は大活躍してくれた。
腕も少しずつ磨かれた。
妻も娘も、
「写真上手いね」
と言ってくれるようになった。
きっかけは家族ではなかった。
でも、最終的には家族のためになっていた。
旅行の写真も。
イベントの写真も。
今でも綺麗に残っている。
私は家族が好きだった。
実は私の両親も熟年離婚している。
だからかもしれない。
私は家族を大事にしたかった。
幸せになりたかった。
写真を撮ること。
形に残すこと。
それが、私なりの家族を大事にする方法だったのかもしれない。
家族の形が変わった今、それが正解だったのかと考えると複雑な気持ちになることもある。
でも、私のSSDに眠る何万枚もの写真は、今でも宝物だ。
同じSSDにバックアップを取っているくらいに笑
また週末になったら写真を撮りに行こうと思う。
家族を撮ることはなくなった。
でも、写真は今も私の過去と未来を繋いでくれる。
私にとって大切なピースの一つなのだと思う。

