生まれてから今まで、ハローワークにお世話になったのは一度しかない。
20年前のことだから記憶も少し曖昧だ。
それでも、当時の暮らしや、ハローワークへ向かう道は今でもよく覚えている。
まだ夏の余韻が残る暑い日だった。
土地勘もない。
何もかもが新鮮だった。
当時は学生時代から乗っていた白いステーションワゴンで通っていた。
若気の至りでマフラーの音がうるさかったのを覚えている笑
土手沿いを走り、ハローワークへ向かう。
駐車場はいつも満車で、停めるのにも苦労した。
中へ入ると、想像以上に人が多かった。
パソコンがずらりと並び、空いている席に座って求人票を印刷する。
そして窓口で面談をする。
当時は特に何も感じなかった。
でも今思えば、あの場所にいた人たちは皆、それぞれ必死に生きていたのだと思う。
私は住む場所もあり、妻もいて、食べることもできた。
だからどこか気楽だった。
最初に印刷した求人票は五、六枚。
全部自動車ディーラーだった。
深い理由はない。
なんとなく車が好きだった。
その求人票を見た義父母が、妻を通じてアドバイスをくれた。
「この会社がいいんじゃないかな」
そんな流れで面接を受けることになった。
何度か試験と面接を受けて、無事採用された。
8月に会社が倒産し、10月には新しい仕事が決まった。
わずか2か月。
長いと思っていた時間は、あっけなく終わった。
妻と散歩していた日々も終わりを迎えた笑
二度目のハローワークでの面談。
担当してくれた男性は驚いていた。
「えっ、もう決まったの?」
そして笑顔でこう言ってくれた。
「君ならちゃんと仕事を決めてくれると思っていたよ」
さらに、
「早く決まったからお祝い金も出るよ」
とも教えてくれた。
単純に嬉しかった。
今思えば、失業保険を受けながら、ゆっくり次を探す人も多かったのだろう。
一瞬、
「早すぎたかな」
と思ったのも事実だ笑
後から知った。
失業保険ももっと長くもらえたらしい。
資格を取る制度もあった。
でも、若かった私の給料を基準にした失業保険では生活は成り立たなかった。
働くしかなかった。
それが現実だった。
それから20年。
私はハローワークのお世話になることはなかった。
5年前、資格取得の補助金申請で同じ場所を訪れたことがある。
雰囲気は変わっていなかった。
でも求人を探していた一階は見えなかった。
なぜだろう。
あの時の景色だけは今でも鮮明に覚えている。
1年前、私は再び転職をした。
今度は転職サービスを使った。
20年前とは時代も変わった。
仕事の探し方も変わった。
便利になったと思う。
でも、今でもふと思うことがある。
人生で一番自由だったのは、あの2か月だったのではないかと。
もちろん、お金はなかった。
先も見えていなかった。
でも、不思議と時間だけはあった。
妻と散歩をして。
将来を考えて。
まだ何者でもなかった。
そして、何者にでもなれた。
あの2か月は、もう二度と戻ってこない時間だったのかもしれない。
いつかまた、あの生ぬるい空気の夜の散歩道を歩いてみたい。
その時、30年前と変わらない景色を見て、
「あの頃、こんなことを考えていたな」
と笑えたらいい。
私にとってハローワークは、ただ仕事を探す場所ではなかった。
人生の途中で立ち止まり、また歩き始めるための場所だった。
当時はそんなことを考える余裕もなかったけれど笑

