思い返せば、私の人生は妻の一言で動き出すことが多かった。
結婚。
住む場所。
家を買うこと。
旅行。
転職。
そして最後は、離婚だった。
小さなことから大きなことまで、振り返ると人生の大きな分岐点には、いつも妻の言葉があった。
もちろん、すべてを言われるままに決めたわけではない。
最後に決断したのは自分だ。
だから後悔はしていない。
でも、今振り返ると、私は家族がうまくいくことを一番に考えて選択してきた。
そんな人生だったように思う。
今でも忘れられない言葉がある。
「あなたの家族は誰なの?」
その言葉は、私の中で二十年間続いたテーマだった。
実家の家族も大切だった。
妻と娘も、もちろん大切だった。
私にとっては、どちらも家族だった。
でも、その答えを求められることが何度もあった。
「最後まで一緒にいるのは誰なの?」
そんな言葉も言われた。
私は、そのたびに自分を納得させてきた。
家族が円満でいられるなら。
それが一番だと思っていたからだ。
振り返ると、大きな決断は妻が背中を押してくれたことも多い。
家を買うこともそうだった。
旅行もそうだった。
転職もそうだった。
結婚式の場所も、最終的には二人で話し合って決めた。
私の実家は少し驚いていた。
当時は長男の結婚式だから地元で、という考え方もまだ残っていたからだ。
でも、私は妻と話し合って、その選択をした。
不思議なもので、今振り返ると感謝していることもたくさんある。
もし妻があの時背中を押してくれなかったら。
家を買えただろうか。
毎年のように旅行へ行けただろうか。
ハワイで二度目の結婚式を挙げられただろうか。
転職できただろうか。
そして、娘とあの時間を過ごせただろうか。
そう考えると、答えはどれも「分からない」になる。
我が家は、妻が起案者で、私は実行部隊。
今思えば、それが夫婦のバランスだったのかもしれない。
私はその役割を嫌だと思ったことはなかった。
家族が喜ぶなら、それでよかった。
だからこそ、今の状況は簡単には受け入れられない。
二十年間積み重ねてきたものが、一瞬でなくなったような気持ちになることもある。
でも、それでも思う。
私は私なりに家族を大切にしてきた。
そのことだけは、自分で否定したくない。
最近、昔のことを思い返すことが増えた。
すると、一つの共通点に気づく。
私はいつも、
「家族のために。」
そう言って決断してきた。
それが正しかったのかどうかは分からない。
でも、それが私の人生だった。
そして、その人生に後悔はない。

