調停の日、霞ヶ関へ向かう朝に考えていたこと

2月16日。

人生で初めて霞ヶ関へ行った。

目的地は家庭裁判所だった。

地方にいた頃の私にとって、霞ヶ関は行政の中心というイメージしかなかった。

まさか自分が家庭裁判所へ行くことになるなんて思ってもいなかった。

妻が家を出てから約1か月。

心の整理なんて全くついていなかった。

前日の夜も調停の資料を作っていた。

初めてのことばかりで何が正解か分からない。

それでも、

「家庭裁判所に行けば何とかなるだろう」

そんな気持ちがどこかにあった。

話し合いもしてくれるだろう。

誰かが上手くまとめてくれるだろう。

今思えばかなり甘かった。

当日は有給を取った。

転職して間もなかったので有給も少ない。

でも行かないわけにはいかなかった。

この先、有給の多くが調停で消えていくんだろうな。

そんなことも考えていた。

落ち着いた服を着て、資料が詰まった重たいカバンを持って家を出た。

丸ノ内線に乗り、霞ヶ関へ向かう。

家庭裁判所の入口では空港のような手荷物検査があった。

想像していたより厳重だった。

そして待合室へ向かう。

そこで初めて驚いた。

人が多い。

本当に多い。

待合室には20人以上いた。

外の椅子にも人が座っている。

その時、正直に思った。

「世の中にこんなに離婚したい人がおるんや」

私はもっと軽い気持ちだった。

ここへ来れば何とかなると思っていた。

でも周りは違った。

弁護士と話している人。

資料を見直している人。

相手方の話をしている人。

戦略を考えている人。

私は場違いな場所へ来てしまった気がした。

そして心の中で思った。

みんな家族大事にしようよ、と。

もちろん事情はそれぞれある。

私にもある。

でもその時は純粋にそう思った。

調停は交互に呼ばれて話をする。

それは事前に調べて知っていた。

でも一回で2時間近くかかることは知らなかった。

初めて会った調停委員は男性と女性だった。

弁護士でも裁判官でもなかった。

でも慣れていた。

私は緊張しながら話した。

そして朝に抱いていた期待は、その日のうちに崩れた。

簡単には終わらない。

簡単にはまとまらない。

調停とはそういうものだった。

気づけば夕方になっていた。

大量の宿題を持たされて家庭裁判所を出る。

人生で初めての霞ヶ関。

人生で初めての家庭裁判所。

人生で初めての調停。

今振り返ると、その日は初めてだらけだった。

そして気づけば、あれから半年。

今では霞ヶ関への行き方も覚えた。

家庭裁判所の中にコンビニがあることも知った。

できれば知らないまま人生を終えたかった知識だけど笑

それも今の人生の一部なんだと思う。

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